瀧口修造の光跡Ⅵ「瀧口修造 ー 東京ローズ・セラヴィ」
2025年4月12日(土)- 7月27日(日)
13:00 -18:00 土・日・祝日のみオープン
「東京ローズ・セラヴィ」は、1960年代前半に瀧口修造が構想した架空のオブジェ・ショップの店名で、命名したのはマルセル・デュシャンその人です。命名に至る経緯は、およそ次のようなものでした。瀧口は1958年にヴェネチア・ビエンナーレのコミッショナーとして訪欧し、各地を旅行した際に、カダケスのダリの家でデュシャンに紹介され、帰国後もデュシャンら12名の美術家を論じた著書『幻想画家論』(新潮社、1959年。図1)を献呈するなど、交流を保っていました。1963年頃から架空のオブジェの店を開くという構想を抱きはじめた瀧口は、64年1月23日頃に書簡を送り、レディ・メードのオブジェの元祖であるデュシャンに、店の名付け親となってくれるように依頼したのです。その際、デュシャンが用いた有名な女性変名「ローズ・セラヴィ」を例として挙げたところ、あっさりそのまま使用が許可され、ここに、いわばデュシャンから暖簾分けされる形で、架空のオブジェの店「Rrose Sélavy TOKYO」(東京ローズ・セラヴィ)が誕生することとなった訳です。


図1 瀧口修造『幻想画家論』(新潮社、1959年)
(参考図版)


アンドレ・ブルトン『黒いユーモアの選集』(サジテール、1950年)
命名への返礼として、瀧口はまず彼自身が開拓した手法であるロトデッサン(モーターによる回転線描。図2,3)の作品1葉を、礼状に同封してデュシャンに贈呈し、さらに続けて、デュシャンの文章やメモ、言葉の遊びなどを翻訳して収録した『マルセル・デュシャン語録』”To and From Rrose Sélavy“を制作し、1968年に刊行しました(図4)。刊行者は「東京ローズ・セラヴィ」とされています。特装版であるA版(60部)には、以下1~5の豪華なマルチプルが付されています。
1.デュシャンの「ウィルソン・リンカーン・システムによるローズ・セラヴィ」(逝去直前の署名入り)
2.ジャスパー・ジョーンズのオリジナル・レリーフ版画「夏の批評家」(番号・署名入り)
3.ジャン・ティンゲリーの「コラージュ・デッサン」色彩版複製(署名入り)
4.荒川修作の「静物」色彩版複製(署名入り)
5.デュシャン自作プロフィールの色彩版複製。
制作に当たっては、海藤日出男が全体の統括者兼マネージャーとして瀧口を支えたほか、岡崎和郎と加納光於が、ジャスパー・ジョーンズのレリーフ版画の制作に協力しています。

図2 瀧口修造「ロトデッサン」(制作年不詳)(無断転載禁止)

図3 瀧口修造「ロトデッサン」(制作年不詳)(無断転載禁止)

図4 『マルセル・デュシャン語録』(東京ローズセラヴィ、1968年)(撮影:山本糾)(無断転載禁止)
本展は、半世紀ぶりに姿を現したジャスパー・ジョーンズによるレリーフ作品「夏の批評家」(塗装した板にワックス。レリーフ版画原型)、刊行記念ポスターのための瀧口によるドローイングやメモ、瀧口肉筆のデュシャン語録翻訳原稿などの、『マルセル・デュシャン語録』の関連資料のほか、東京ローズ・セラヴィが刊行者とされている瀧口と岡崎によるマルチプル『檢眼圖』、同じく瀧口の手づくり本『扉に鳥影』などを展示し、架空のオブジェの店「東京ローズ・セラヴィ」の、実際の姿を探ろうとするものです。どうぞご覧ください(5月17日より一部作品の展示替えを行います)。
展示風景(無断転載禁止)








(5月17日より展示)

(5月11日まで展示)
